大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(手ワ)5317号 判決

《住所省略》

原告(参加被告) 株式会社 森脇文庫

右代表者代表取締役 森脇將光

右訴訟代理人弁護士 大山忠市

同 大山皓史

《住所省略》

被告(参加被告) 株式会社間組

右代表者代表取締役 竹内季雄

右訴訟代理人弁護士 山田半蔵

同 村山輝雄

同 山田健次郎

《住所省略》

参加原告 株式会社 セントラルアパートメント

右代表者代表取締役 安田銀治

右訴訟代理人弁護士 西川茂

同訴訟復代理人弁護士 松本和英

主文

一  原告の被告に対する請求を棄却する。

二  原告(参加被告)は参加原告に対し別紙手形目録番号(3)ないし(6)記載の約束手形四通を引き渡せ。

三  被告(参加被告)は参加原告に対し参加原告が前項記載の手形の引渡しを受けることを条件として金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年六月五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

四  参加原告の原告(参加被告)及び被告(参加被告)に対する参加原告が別紙手形目録(3)ないし(6)記載の各約束手形の手形権利者であることを確認する旨の訴えを却下する。

五  参加原告の被告(参加被告)に対するその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用はこれを三〇分し、内一八を原告の、内一一を参加原告の、内一を被告(参加被告)の負担とする。

七  この判決は、主文第二、第三項の全部及び第六項中原告(参加被告)及び被告(参加被告)に対して訴訟費用の負担を命じた部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(参加被告、以下たんに「原告」という。)の請求の趣旨

1  被告(参加被告、以下たんに「被告」という。)は原告に対し金九億円及び内金五億円に対する昭和四〇年六月五日から、内金四億円に対する昭和四三年一一月二二日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  原告の請求の趣旨にたいする答弁(被告)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  参加原告(以下たんに参加人という。)の請求の趣旨

1  原告及び被告は別紙手形目録(3)ないし(6)記載の各約束手形の手形権利者が参加人であることを確認する。

2  原告は第一項記載の各手形を参加人に引き渡せ。

3  被告は参加人に対し、金六億円及び内金二億円に対する昭和四〇年六月五日から、内金四億円に対する昭和四三年一一月二二日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は原告及び被告の負担とする。

5  2ないし4項につき仮執行宣言

四  参加人の請求の趣旨に対する答弁

(原告及び被告)

1 参加人の請求を棄却する。

2 訴訟費用は参加人の負担とする。

第二当事者の主張(その一 原告及び被告関係)

一  原告の請求原因

1  原告は別紙手形目録記載のとおりの原告まで裏書の連続する約束手形六通(以下「本件各手形」という。)を所持している。

2  被告は本件各手形を振り出した。

3  本件手形中同目録番号(1)ないし(3)の各手形(以下「本件(1)ないし(3)の手形」のようにいう。)は支払期間内に支払のため支払場所において呈示されたが、支払を拒絶された。

4  よって、原告は被告に対し、本件各手形金九億円及び内金五億円(本件(1)ないし(3)の各手形額面合計金額)に対する満期の日から完済まで手形法所定の年六分の割合による利息金の、内金四億円(本件(4)ないし(6)の手形額面合計金額)に対する訴状送達の翌日である昭和四三年一一月二二日から各完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  原告の請求原因に対する認否(被告)

請求原因事実はすべて認める。

三  被告の抗弁

1  訴外吹原弘宣(以下「吹原」という。)による本件手形等の詐取

(一) 吹原による詐取

吹原は、訴外吹原産業株式会社(以下「吹原産業」という。)の代表取締役をしていたものであるが、優良企業から手形を詐取することを企て、昭和三九年一二月上旬頃、被告会社本店営業部副部長兼事務部長木原健吉(以下「木原」という。)らに対して、「吹原産業では関西の金融機関に多額の借入れ枠を持っているが、一二月中に借りないと枠を減らされてしまう。もし枠を使ってくれるならば貴社の約束手形を担保にいれ、吹原の単名手形ならば二銭一厘で借りられるので、二銭三厘で貴社にお貸しする。手形は担保に預けるだけで指図禁止を明記してもよい。」、「期間は二年とし手形は六ヵ月毎に書換え、一二月二〇日までに五億円、来年一月までに五億円お貸しする。」、「銀行から融資を受ける名目は、間組に請け負わせる釧路の吹原団地造成工事の前渡し資金に当てることに仮装し、その担保に約束手形を銀行に差入れるものだから外に譲渡するようなことは絶対しない。」等と偽りを述べて木原らをその旨誤信させ、同月八日ころ吹原産業において木原らから被告振出の指図禁止の記載のある約束手形七通額面合計金一〇億円の交付を受けてこれを詐取し、さらに、同日帰社した木原に対し、「銀行で指図禁止のある手形は困るというので記載を取って欲しい。」旨電話で告げ、急きょ引き返してきた木原に対して、「向こうの部屋に銀行のひとが来ているが、どうしても指図禁止の記載があると困るというんだ。」、「銀行では大蔵省や日銀の検査に通らないというんだ。」、「指図禁止を取っても念書があることだし、手形は銀行に担保にいれておくだけだから。」などと述べ、指図禁止の記載のない約束手形との差替えを懇請し、帰社して上司に諮った木原から、翌九日、指図禁止のない約束手形七通(手形番号ほ〇四八九ないしほ〇四九五・本件(1)ないし(3)の手形はその一部である。以下「旧手形」という。)額面合計金一〇億円を振り出させ、指図禁止の記載のある前記約束手形七通と差し替え交付を受け、これを詐取した。

(二) 手形の書換

被告はその後融資がなかなか履行されなかったこと、吹原から交付を受けていた株式会社大和銀行作成の「担保手形受取証」が調査の結果、正規の物でないことが明らかとなったことから、吹原及び吹原産業に対し、融資についての契約解除の意思表示をなし、約束手形七通の返還を強く請求してきたが、吹原は、昭和四〇年二月二二日ころまでに前後七回にわたり合計金三億三〇〇〇万円を被告の口座に振り込んだものの、言を左右にして手形の返還をなさず、前記約束手形七通の内四通の手形(手形番号ほ〇四八九ないし〇四九二)の満期である昭和四〇年四月六日の前日ころ、にわかに、前記約束手形は三井銀行に入っているが、融資した金三億三〇〇〇万円の内金一億円を返してくれれば、額面一億円の手形一通は返還し、その他の四月六日満期の手形三通額面合計金四億円の手形は三井銀行で書き換えてもよいといっている旨述べた。そこで、被告は昭和四〇年四月六日ころ、吹原において、一億円の支払と引き替えに、前記約束手形七通中、額面金一億円の約束手形一通(手形番号ほ〇四九二)の返還を受け、その余の満期同日の手形三通(額面合計金四億円)については、本件(4)ないし(6)の手形と書き換えたものである。

(三) 原告の本件手形取得時における害意

(1) 原告は訴外森脇將光(以下「森脇」という。)が昭和三一年二月出版業を営む目的で設立したものであるが、昭和三四年金銭の貸付仲介等の業務を営業目的に付加し、森脇が代表取締役として貸付業務の全般を統括主宰してきたものである。

森脇は、著名な高利金融業者で、その方面の著作を発表するなど、高利金融についての知識経験の極めて豊富なうえ、政界の事情にも精通していた。

(2) 吹原は、昭和三七年八月頃から、多数回にわたって、森脇から多額の借入れを行っていたが、昭和三八年秋頃からその返済が渋滞し、昭和三九年五月ころには、原告からの借入れが元利合計で金三十数億円にも達し、外にも吹原産業名義で大和銀行から金三〇億円を、三和銀行から金六億円を借り受けていた。

他方、吹原は月収約金一千七、八百万円で、その他に格別の収入がなかったため、吹原産業は資金難に陥っており、吹原は資金獲得に狂奔していた。

吹原は昭和三九年六月一日、原告との間に和解契約を結び、同日以前の債務を一部整理して旧債務となし、同日以降の新規取引と区別した。吹原の森脇ないしは原告に対する新旧債務は、昭和三九年九月末当時で合計金七〇億円以上に、昭和四〇年四月二〇日当時で合計金八四億三九九一万五五〇〇円に達した。

当時吹原産業の事業の主流になっていた釧路の吹原団地も造成中であり、五反田のボーリング場も資金調達の面からはそれほど価値が大きくなかった。

(3) 森脇は、本件各手形の振り出された昭和三九年一二月八日以前から吹原産業の本社事務所に度々出入りして、貸付の切り替えを行うなどして、吹原との間で、貸付金の回収、整理について話し合い、吹原にはもはや事業を継続する資力も資金調達の能力もないことを十分了知していた。

(4) 森脇は、昭和三七年七月頃、吹原が伊藤忠商事から金一三億円相当の芝浦精糖の株券を騙取した事件の事後処理過程において、当時の伊藤忠商事の管理課長であった中山昭雄から、同社が吹原から騙された形になっていることを説明されており、また森脇の依頼を受けて右事件を調査した岩久保仁から吹原の手形詐取や吹原の前歴について報告を受け、右に関する書類を収集していたもので、森脇自身の金融事業家としての経験に照らし、吹原の伊藤忠商事に対する詐欺についての認識を有していた。

(5) 森脇は昭和三九年八月一〇日頃、吹原に対して、「一流の上場会社ならバックと相談していくらでも割ってやる。」等と申し向けて、一流会社の手形を手にいれることを勧めそれを持ってきたら資金を融通する旨告げた。

(6) 森脇は、昭和三九年一二月八日頃、吹原から被告振出の指図禁止の記載のある額面合計金一〇億円の約束手形七通を見せられたが、「これではどうにもならない。」と述べ、翌九日頃、吹原をして指図禁止の記載のない同額の約束手形七通と差し替えさせた。

森脇は、吹原に対して、右差替え後の約束手形中二通額面合計金二億五〇〇〇万円につき、合計金一億五〇〇〇万円を天引きし、金一億円を交付して割り引き、残りの五通額面合計金七億五〇〇〇万円については、吹原の原告に対する昭和三九年一〇月一九日付債務一〇億円の引き当て分として天引きし、引渡し金零で割り引いた。

右の際、森脇は、吹原が被告に額面金一〇億円もの商取引の裏付けのない融通手形を振り出させるについて資金化する相手先、手形の使用方法、その後の手形の処置等についてどの様なことを述べているか、指図禁止の記載がなぜなされ、またそれがなぜ取り除かれるに至ったかについての確認、調査などはしていない。

(7) 森脇は前記(二)記載の昭和四〇年四月六日ころの書換に際して、木原及び同行の弁護士訴外村山輝雄らに対し「三井銀行にあったものを自分とバックの金を出して預かってきた。私はいつもこうしている。」、「銀行で日歩三銭で割って、そのまま吹原に一〇億円渡した。」「もしこれに署名しなければ三井銀行から右の約束手形を引き出せなくなり、差替もできなくなる。」等と虚言を述べ、用意してあった「右吹原産業に於て処理することになりましたが当社は手形振出の責任者として履行を責任保証いたします。」と追記してある念書(甲八号証)に署名するように求めた。

その席上でも、森脇は被告がどのような事情で吹原に本件手形を振り出したかについての質問や、原告が手形上の権利者であることの説明もしなかった。

(8) したがって、森脇は吹原が手形を被告から入手し、これを指図禁止の記載のない約束手形を差し替えさせ、さらに昭和四〇年四月六日の一部書換にいたるまで、吹原と終始連絡交渉しながら割引を行ったものであって、本件各手形を吹原が騙取するについて同人と意思を通じていたか、しからずとも少なくとも吹原が詐取したことを認識しており、従って、満期日における被告の損害発生の確実性も当然了知していたものである。

(四) 取消の意思表示

被告は原告及び吹原産業に対して昭和五八年五月一一日付内容証明郵便をもって、右振出の原因関係たる融通契約を民法九六条一項により取り消す旨の意思表示をなし、右は翌一二日にそれぞれ到達した。

2  融通契約

被告の本件手形振出の経緯は前記1記載のとおりであり、本件の手形は吹原が関西大手銀行に有している借入れ枠を利用して金一〇億円を借り受け、そのまま被告に融資することを前提に、吹原が右銀行に差入れる担保の一部とするために振り出したものであり、従って、吹原産業と被告との間には、吹原産業が被告に対して右融資契約に基づいて金一〇億円を交付し、しかも、吹原産業が自己の資金を持って銀行への返済を余儀なくされた場合に限り本件各手形上の権利を行使し得るという合意があった。

原告は右合意を知りながら被告を害する意思で本件各手形を取得したものである。

四  被告の抗弁に対する認否及び反論

(原告)

1 被告の抗弁1(一)記載の事実は不知。

2 同1(二)の事実中、被告が、昭和四〇年四月六日ころ、吹原において、一億円の支払と引き替えに、前記約束手形七通中、額面金一億円の約束手形一通(手形番号ほ〇四九二)の返還を受け、その余の満期同日の手形三通(額面合計金四億円)については、本件(4)ないし(6)の手形と書き換えたことは認め、その余の事実は不知。

3 同1(三)1の事実は認める。

同1(三)(2)の事実中、五反田のボーリング場が資金調達の面からはそれほど価値が大きくなかったことは否認し、その余の事実は認める。

同1(三)(3)の事実は否認する。

同1(三)(4)の事実は否認する。

同1(三)(5)の事実は否認する。

同1(三)(6)の事実中、森脇が、吹原に対して、右差替え後の約束手形中二通額面合計金二億五〇〇〇万円につき合計金一億五〇〇〇万円を天引きし、金一億円を交付して割り引いたこと、残りの五通額面合計金七億五〇〇〇万円については、吹原の原告に対する昭和三九年一〇月一九日付債務一〇億円の引き当て分として天引きし、引渡し金零で割り引いたこと(但し、右金一億五〇〇〇万円の天引きの内訳は受取利息が金二九五〇万円、借受金が一億二〇五〇万円である。)、資金化する相手先、手形の使用方法、その後の手形の処置等についてどのようなことを述べているか、指図禁止の記載がなぜなされ、またそれがなぜ取り除かれるに至ったかについての確認調査などはしていないことは認め、その余の事実は否認する。

同1(三)(7)の事実中、村山弁護士の署名のある念書を原告が得たことは認めその余の事実は否認する。

同1(三)(8)の事実は否認する。

4 同1(四)の事実は不知。

同2記載の融通契約については不知、原告の害意は否認する。

(原告の主張)

1 吹原は、森脇に対して手形割引申し入れに際し、以下のように語った。

「黒金が三菱銀行に対して吹原産業の釧路土地を担保にして釧路吹原団地建設資金六〇億円の融資交渉をしているが、この融資の稟議決定が旬日の予定であったところ、突然の政情異変で(池田内閣退陣や三菱銀行宇佐美頭取が日銀総裁へ転出する等の)右決定が遅延しているので、黒金が吹原のために特に被告から借り受けてくれた手形である。」

森脇は右説明を、吹原産業との取引経過、当時の社会情勢に照らし、真実と信じた。

2 (吹原の資力に対する原告の認識)

吹原は当時金三十数億円を投じたという五反田のボーリング場が完成して開業準備の最中であった。

原告の吹原に対する昭和三九年当時の貸付金七十数億円については、内金三〇億円については三菱銀行長原支店に通知預金をしたものであり、内金一〇億円については五反田ボーリング場の土地建物が譲渡担保とされた。当時原告の吹原からの未清算借受金が金一二億円余あった。従って、前記貸付金中、無担保の部分は金一八億円余であった。そして、右無担保貸付金に対しては、三菱銀行の釧路団地融資の交渉にあたっていた黒金泰美が支払保証することになっており、三菱銀行本店を支払場所とする黒金の記名押印のある金一〇億円の小切手が原告に差入れられていた。その他右債務の担保として吹原が所有する深川千石町の土地約五〇〇〇坪が原告に対して担保として差入れられていた。

結局、右債務の担保の不足分は金七億円であり、これについても五反田のボーリング場の譲渡担保契約中で、その買い戻し金を金一七億円とする特約をしているので原告は、吹原からの債務の回収に不安を感ずることはなかった。

3 (吹原の前科前歴について)

昭和三七年七月六日頃の芝浦精糖の株式をめぐる伊藤忠商事と吹原との間の事件は、当時の伊藤忠商事の説明によれば、吹原も被害者の立場にあるようであったし、吹原、原告、伊藤忠商事の間で、円満解決したものである。

吹原の前科や、右芝浦精糖の株式に関する事件についての事実の確認は、昭和四〇年四月下旬頃、吹原が逮捕された直後頃、伊藤忠商事の担当者や知人から書類も含めて昭和三七年当時の情報提供を受けたもので、原告は、昭和三七年当時は、岩久保仁とは面識がなかった。

4 間組手形の取得について

(一) 原告は昭和三九年一二月一〇日吹原から被告振出にかかる金額一億円、満期昭和四〇年四月六日、振出日昭和三九年一二月八日(手形番号ほ〇四八九)の手形及び金額一億五〇〇〇万円、満期及び振出日右手形に同じ(手形番号ほ〇四九〇)の手形の割引を依頼されたが、その内容は、割引利息として右一億円の手形については金一一八〇万円、一億五〇〇〇万円の手形については金一七七〇万円とし、利息差引後の割引金二億二〇五〇万円については、内金一億円につき現金で、残金一億二〇五〇万円については原告で仮受け金とするというものであった。原告は右申出に応じ、右各手形を被裏書人欄白地のまま裏書交付を受けた。

なお、右各手形は昭和四〇年四月六日に本件(4)(5)の手形に書き換えられた。

(二) 原告は昭和三九年一二月一四日吹原からいずれも被告振出にかかる満期昭和四〇年四月六日、振出日昭和三九年一二月八日の額面金一億五〇〇〇万円及び同金一億円の手形並びに本件(1)ないし(3)の各手形(額面合計金七億五〇〇〇万円)、さらに吹原産業振出約束手形二通(額面合計金二億五〇〇〇万円)の割引を依頼されたが、その内容は、割引利息として金三五〇五万円(日歩三銭の割合)とし、後日支払い、手形金合計一〇億円を三菱銀行長原支店発行の額面金一〇億円の通知預金証書で支払うというものであった。原告は、右申出に応じ、右通知預金証書の交付と引き替えに約束手形七通を被裏書人欄白地のまま裏書交付を受けた。

なお、右間組手形五通の内、手形番号ほ〇四九二の手形は満期日に決済となり、同番号〇四九一の手形は本件(6)の手形に書き換えられた。

原告は、右各手形受領の際、同手形が騙取されたものであることは知らなかった。

5 押一一〇号書面について

(1)吹原及び森脇らに対する詐欺等被告事件控訴審(東京高等裁判所昭和四七年(う)第一四〇〇号)判決(以下「高裁刑事判決」という。)において同裁判所は原告が昭和三九年一一月一一日以降、吹原の被告に対する詐取についての知情があったとする証拠として左記のような内容を記載した書面一枚(東京地方裁判所昭和四〇年押第一八五五号の一一〇、以下たんに「押一一〇号」という。)を挙げている。

「冠省株券は数をそろえて居りますので、肇から後から直接そちらえ御届け致します。あと三十分くらいで行くと思います。手形だけは別に私がさきに持帰りましたから、別に使之者え持参させました。

注意 銀行で割引いたことになっているからこの手形に吹原産業の宛名を入れ、裏書をして裏書の上に裏書上の責任を負わずとかいて捺印して、領収欄に領収印を押して引き渡さるべきでせう。

右要用まで

昭和三九年拾壱月拾壱日

森脇將光

吹原社長殿

侍史」

(2) 押一一〇号作成の経緯

同書面の作成経緯について、森脇は右刑事事件公判供述中で、以下のように述べている。

「(昭和三九年)一一月一一日吹原を介して朝日土地に同社振出一億六〇〇〇万円の手形と一五〇万株の株券を返す際、吹原が、『あの手形は社長の方で銀行から再担保して割り引かれませんでしたか』と聞いたので、金が必要なら割り引こうとも思ったが、それほど必要でもなかったので割り引かなかったと話したところ、吹原は、『朝日土地の言うには初めからあの株式は自社株になっているから私の資金先であちこち回されると困るからといっていたので、私は自分の資金バックではあちこち回すことなく銀行で割り引くのだから心配するなといっておきましたから社長が割り引かずにいたなら誤解を受けるかも知れませんね。どういうふうにして返したらいいでしょうか』と聞くので、自分の方では株式担保で吹原産業の手形を割り引き、その副担保といった意味で朝日土地の手形を差し入れてもらったのだから自分が銀行で割り引いていようといまいと誤解を招くことは何もないと思ったから、そのまま返したって差し支えないことですよといっておいたが、しばらくして運転手に手形を届けさせるとき、さっき吹原が話したことを思い出し老婆心までに後日いかなる観点からも吹原が誤解や損害を受けることのないようにと思って走り書きで手紙を書き、最後注意としてそのことを書き添えた」

(3) 右高裁刑事判決は右の森脇の公判供述が信用できない理由として、

イ 同人の検察官に対する供述調書の供述内容と異なる。

ロ 吹原は森脇の公判供述に述べられているようなことを森脇にいったことがないと供述している。

ハ 右書面作成当時はすでに吹原が丹沢善利、六車武信に対し、朝日土地の手形は森脇のところに行っていると自白した後であるから、森脇がいうようなことを吹原が森脇に対し述べるということは考えられない。

ニ 一一月一一日に吹原を通じて朝日土地へ返還された金一億六〇〇〇万円の約束手形の裏面には、吹原は森脇の注意に従った記載等をしていない。

ホ 吹原が右手形に裏書をしなければ、損害を受ける危険性はないはずである。

ヘ 銀行で割り引いた事実がないのにわざわざ朝日土地のいやがる様な虚偽の事実を構えて銀行で割り引いたように装う必要は全く考えられない。

ト 右書面の体裁ならびにわざわざ書面を書いて届けていること。

(4) しかし、以下の理由により高裁刑事判決の判断は誤りであり、右森脇の供述は信用できる。

イ 捜査段階と公判段階における当事者の攻撃防御方法の差異に照らせば、森脇の供述の信用性を失わせるほどの相違とは言えない。

ロ 吹原の供述は、当初は自己の単独犯行と認めていたものであって、捜査段階から変遷があり、信用できない。

ハ 吹原は、森脇に対して手形を詐取したことは最後まで言わなかった。他方、丹沢、六車に対してなした自白の内容は「森脇に預けているが割引はいまだしていない」というものであり、森脇に対する手前森脇の供述するような内容を述べる必要があった。

ニ 丹沢、六車に右自白を信用させるには、右約束手形には何等の記載をしないままにしておく必要があったところ、森脇から返還を受けた手形が吹原が交付を受けたときと同一状態のままであったので、これを奇貨として押一一〇号の注意書のようにしなかったに過ぎない。

ホ 吹原が手形を朝日土地に返還しても朝日土地社内における伝票処理のミスで吹原を交付先とした伝票が残される可能性ないし手形が盗難や紛失に会う危険性もあるところ、森脇は、右手形は金一億六〇〇〇万円の小切手と引換に吹原から朝日土地に返還されるものと考えていたのであるから、吹原と朝日土地との間に手形に絡む紛争の発生を考えることは極めて自然である。

第三当事者の主張(その二 参加人及び原、被告関係)

一  参加人の請求原因

1  被告は別紙手形目録一(3)ないし(6)記載の手形を振り出した。

2  原告は前項記載の原告まで裏書の連続のある各手形を所持している。

3  前記(3)の手形は支払期間内に支払のため支払場所において呈示されたが、その支払を拒絶された。

4  原告は昭和四三年一二月二日参加人に対し、右各手形をその謄本(当時右原本は森脇に対する詐欺被告事件のため東京地方裁判所に押収されていた。)に裏書して譲渡し、参加人は現にこれを所持している。

5  原告は、前項記載の手形裏書譲渡の際、右手形原本を裁判所からの還付を受けた場合には直ちに参加人に対し裏書交付することを約した。

6  原告は、昭和五六年三月一八日東京高等裁判所から右手形の本還付を受けた。

よって、参加人は、原告及び被告に対し、前記約束手形四通につき、その手形権利者が参加人であることの確認を求め、原告に対しては、右約束手形原本四通の引渡しを、被告に対しては、右約束手形金合計金六億円及び内金二億円に対する(3)の手形の満期である昭和四〇年六月五日から完済まで手形法所定の年六分の割合による利息金の、その余の手形金合計金四億円に対する独立当事者参加申出書到達の翌日である昭和五〇年五月二日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  参加人の請求原因に対する認否

(原告)

参加人の請求原因1ないし6記載の各事実はすべて認める。

(被告)

1 参加人の請求原因1ないし4記載の各事実はいずれも認める。

2 同5、6記載の事実はいずれも不知。

三  抗弁(被告)

1  害意の抗弁

被告は原告に対して前記のように害意の抗弁をもって対抗し得るところ、参加人は、本件(3)ないし(6)の手形を満期後にいわゆる期限後裏書により取得したものであるから、参加人に対しても右原告に対するのと同様の抗弁をもって対抗し得る。

なお、新手形は、特別な事情のない限り、旧手形債務の支払を延長するに過ぎず、旧手形に付着した人的抗弁は新手形によって、切断、消滅するものではない。

2  権利濫用

参加人は、昭和四三年一二月二日当時、被告から本件外和解調書に基づく強制執行を受け、被告との間に東京簡易裁判所昭和四〇年(ハ)第五九五号和解無効確認並びに請求異議訴訟事件が係属しており、同訴訟における参加人の訴訟代理人が、当時東京地裁に係属していた訴外森脇に対する本件手形等についての詐欺等被告事件の刑事弁護人で、本訴の原告代理人でもあった朴宗根氏であったことから、同氏の示唆により被告の請求債権に対する反対債権として本件手形債権を買い受け、相殺の抗弁に供しようとしたものである。

従って、参加人は、右各民事、刑事の訴訟の経緯及び被告において支払を拒否しうべき事由の存することを了知しながら、昭和四三年一二月二日押収中の手形謄本による裏書という異例の方法で、しかも手形金額の一割にもみたない金額で原告から買い受けたものであり、参加人の被告に対する手形金請求は権利の濫用に該当する。

3  公序良俗違反

本件手形は前記2のような事情のもとに参加人に譲渡されたものであるうえ、右譲渡の仲介をした朴宗根弁護士が、参加人の民事訴訟を有利に運ぶため、森脇の刑事弁護人としての立場を利用して、難色を示す森脇を「私の言うことが聞けないのならば、刑事弁護人をやめる」と恫喝して、不承不承承諾させ、実質上民法一〇八条の双方代理の禁止に反する方法で、押収中の本件各手形が極めて賍物性の強いことを承知しながら、手形額面の一割にも満たない代金をもって参加人に譲渡せしめたもので、右譲渡は明らかに民法九〇条の公序良俗に違反する行為であり、無効である。

四  抗弁に対する認否及び反論(参加人)

1  抗弁1記載の事実中参加人が本件手形を期限後裏書により取得したことは認め、その余の事実は争う。

2  同2記載の事実中、参加人が、昭和四三年一二月二日原告から、森脇あるいは原告に関する民事上、刑事上の争いがあることを知りながら、押収中の手形の謄本による裏書という方法で、手形金額の一割に満たない金額で買い受けたことは認め、その余の事実は争う。

3  同3の事実は否認する。

4  被告の主張に対する反論

(一) 参加人の原告に対する右買受代金は金五〇〇〇万円であるが、これは、右の如く参加人が、本件手形について被告が吹原に詐取されたとの情を原告において知りながら吹原産業からその譲渡を受けたか否かの点について刑事上及び民事上の争いがあることを知っていたため、その権利実現上の危険を考慮にいれて右のごとく売買代金を定めたものである。右手形譲渡当時、森脇は、何十億円かにわたる手形を有しており、訴訟を提起しなければ時効によってその手形上の権利を失うという状態にあったが、刑事事件とそれに伴う国税局の差押などにより、金銭的に窮迫し、手形訴訟のための印紙代に不足していた。当時、刑事事件で問題とされている手形を買い受ける希望者はいなかったが、朴弁護士の努力により、同弁護士と面識のあった参加人代表者の父の紹介で、参加人が買い受けることとなった。

また、本件(3)ないし(6)の四枚の手形中(4)ないし(6)の三枚の手形は、いずれも書き換えられ、被告がその支払を保証する念書(甲八号証)の写し(丙第八号証)まで添えられていたので、参加人は、民事、刑事上の争いにも拘らず、決裁はなされるものと考えていた。

(二) 仮に、原告において本件手形等を吹原が外から詐取していたものであるかも知れないと思いながら敢えてこれを受け取ったものであるとしても、右書換の際、被告は、すでに大和銀行発行の旧手形の預り証が偽造されていること及び吹原の融資斡旋は虚構であるかも知れないということに気付いており、その可否についていろいろ会議をして検討しながら、とにかく振込みだけは回避しようと考え、なんらの留保も、手形所持人からの請求を拒むための措置も講じずに前記書換を行った。従って、これは実質上旧手形債務の承認であり、旧手形とは別個の債務に基づいて新手形が振出されたものと考えられるから、その結果、旧手形に対する抗弁権は消滅したと解すべきである。

五  再抗弁(参加人)

被告は遅くとも昭和四〇年中には手形が吹原によって詐取されたことを知っており、右手形授受の原因関係に関する意思表示を取り消しあるいは追認し得る状態にあったのであるから、右取消権は昭和四五年の経過をもって時効消滅するところ、被告の吹原産業に対する詐欺による取消の意思表示は右以降になされていることが明かであり、被告は右意思表示が取り消されたことに基づく抗弁1をもって参加人に対抗できない。

六  再抗弁に対する認否及び反論(被告)

再抗弁記載の事実は否認する。

被告は手形書換に関する村山輝雄作成の念書及びその経緯を知ったのは吹原らに対する刑事裁判が確定し、その刑事記録が閲覧謄写できた以後のことである。

また、取消権は履行拒絶権という抗弁権として現れるから、消滅時効にかからないと解すべく、従って、口頭弁論終結まで行使することができる。

第四証拠《省略》

理由

第一原告の被告に対する請求について

一  請求原因について

請求原因事実はすべて原告及び被告との間に争いがないので、次項で被告の抗弁について判断する。

二  被告の抗弁について

1  詐取に基づく害意の抗弁

(一) 吹原による本件手形の詐取

(1) 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

イ 吹原は、昭和三九年一二月当時、訴外吹原産業の代表取締役をしていたものであるが、原告に対する多額の債務の返済と資金繰りに窮した末、約束手形を騙取しようと企て、同月上旬頃、東京都内の吹原産業社内で、被告株式会社間組本店営業部本店建築部事務部副部長兼会計課長訴外木原健吉(以下「木原」という。)に対し、以下のような内容を述べ、手形の振出を求めた。

すなわち、吹原は、自己の取引している大阪に本店のある五大銀行の一(すなわち大和銀行か三和銀行)に借入れの枠を持っているが、その枠が余っており、同年一二月中に使わないと枠を減らされる。その銀行に、吹原の単名手形を入れて利息日歩二銭一厘で金一〇億円程度を借り、それをそのまま被告に日歩二銭三厘で貸し付ける。そのために、指図禁止を明記した被告振出の約束手形をもらい、担保のため銀行に預けて銀行の預り証を被告に渡す。被告の手形は、外には絶対回さない。期間は二年で、手形は、六ヶ月ごとに切り替える。形式は、被告が吹原の釧路の吹原団地造成工事を請け負ったことにする。以上の如く述べた。

ロ 木原は、被告会社内で、数度にわたって検討を重ねた結果、大和銀行か三和銀行に担保のために預けるのであれば、指図禁止を明記した手形を振り出してもよいであろうとの結論に達し、同月八日ころ吹原に対し、吹原産業の社内において、吹原が同月一九日までに金五億円を、残金五億円を翌四〇年一月末日までに前記吹原の文言通りの条件で融資するとの約定のもとに、被告振出の指図禁止の記載のある約束手形七通額面合計金一〇億円を交付し、吹原は、右の文言の如くに借り入れ、融資する意思もその可能性もないのに、右約束手形は外に裏書譲渡しない旨の念書を交付するのと引き換えにこれを受領し、騙取した。

ハ 吹原は、さらに右手形交付の当日、森脇に対して、右各手形の割引を依頼したところ、森脇から右手形上に指図禁止の記載があることを理由に拒絶されたことから、同日木原に対し、銀行から指図禁止の記載を取ってくれるよう要求されていると電話連絡をして、急きょ引き返してきた木原に対して、「向こうの部屋に銀行のひとが来ているが、どうしても指図禁止の記載があると困るというんだ。」、「銀行では大蔵省や日銀の検査に通らないというんだ。」、「指図禁止を取っても念書があることだし、手形は銀行に担保にいれておくだけだから。」などと述べ、指図禁止の記載のない約束手形との差替えを懇請し、帰社して上司に諮った木原から、翌九日、指図禁止のない約束手形七通(手形番号ほ〇四八九ないし、ほ〇四九五・本件(1)ないし(3)の手形はその一部である。)額面合計金一〇億円を振り出させ、指図禁止の記載のある前記約束手形七通と差し替え交付を受け、これを騙取した。

(二) 手形の書換

前記(一)記載の各証拠並びに《証拠省略》によれば、被告が昭和四〇年四月六日ころ、吹原から、一億円の支払と引き替えに、前記約束手形七通中、額面金一億円の約束手形一通(手形番号ほ〇四九二)の返還を受け、その余の満期同日の手形三通(額面合計金四億円)については、本件(4)ないし(6)の手形と書き換えたこと(右事実は原被告間においては争いがない。)、右書換に際しては、吹原とともに森脇が同席し、被告の代理人として出席した訴外弁護士村山輝雄に右書換前の手形を示し、「右吹原産業に於て処理することになりましたが、当社は手形振出の責任者として履行を責任保証いたします。」と追記してある念書(甲第八号証)に署名するよう求め、事前の吹原の言により三井銀行に手形が保管されているものと信じて同銀行員が交渉の相手であると考えて出席していた村山は、これに驚き、森脇によって手形が振り込まれるのをおそれ、やむを得ずこれに応じたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三) 取消の意思表示

《証拠省略》によれば、被告は、吹原に対して昭和五八年五月一一日付内容証明郵便をもって、本件手形振出の原因となった吹原産業との間の融通契約を吹原による詐欺を理由に民法九六条一項により取り消す旨の意思表示をなし、右は翌一二日に到達したことが認められる。

(四) 原告の害意

(1) 原告及び吹原の経歴等

《証拠省略》によれば、森脇が、昭和三〇年ころから金融業を営み、原告の代表取締役として同社の行う貸付業務の全般を総括主宰してきたものであること、森脇は、著名な高利金融業者であり、その方面の著作を発表するなど、高利金融についての知識経験も極めて豊富であったこと、他方吹原は、吹原産業の代表取締役として、昭和三七年当時、北海道釧路に吹原団地の建設、東京都内五反田にボーリング場建設の事業を計画推進しており、また都内銀座に吹原ビルを建築するなどして大規模に事業を行っていたことが認められ、右認定に反する証拠はない(右事実は原被告間においては争いがない。)。

(2) 原告と吹原との貸金関係

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

吹原は昭和三七年頃から、森脇に接触し、自己の事業規模の大きさや当時有力な政治家であった自民党の代議士黒金泰美が自己の事業を応援していることなどを吹聴しながら、多数回(昭和四〇年四月ころまでの間に数百回)にわたって吹原産業名義で政治資金あるいは吹原団地の造成資金の名目で多額の資金借入れを行うようになった。

しかし、吹原は、昭和三八年秋頃から原告に対する返済を渋滞するようになり、これに対し森脇は、吹原が利息等の返済を渋滞すると、これを元本として新たな貸付を起こすという方法を取ったため、貸付元本及び利息金の支払額はより増加していき、昭和三九年五月頃には、原告の計算によれば、原告からの借入れが元利合計で金三〇数億円にも達した。

吹原は、昭和三九年六月一日、原告との間に和解契約を結び、同日以前の債務を一部整理して旧債務となし、同日以降の新規取引と区別したが、吹原の森脇ないし原告に対する旧債務は昭和三九年九月末当時で合計金七〇億円以上に、昭和四〇年四月二〇日当時で合計金八四億三九九一万五五〇〇円に達していた(右事実は原被告間においては争いがない。)

(3) また、右返済が渋滞しはじめた昭和三九年頃から、吹原は、他人振出の手形を、割引や、新規融資を得るために森脇方に大量に持ち込むようになったが、森脇からこれらの全部または一部を既存の債務や延滞利息等へ充当すべきことを主張され、右状況下でこれに服せざるを得ず、吹原産業の運転資金や、振出人に交付すべき割引金の捻出に苦慮するようになった。

他方、森脇は、吹原から他人振出の手形や履行の保証となるような他人名義の念書を積極的に受領しながら、吹原に対し、実際に融資金を全額交付するか否かは別としても、新規貸付を増大させていき、敢えて貸付総額を限定することはしなかった。

(4) 昭和三九年当時の吹原の資力状態

《証拠省略》によれば、昭和三九年五月当時、吹原は前記森脇からの借受金以外にも、吹原産業名義で大和銀行から金三〇億円を、三和銀行から金六億円を借り受けていた(右事実は原被告間においては争いがない。)こと、そのため、銀行、森脇への利息や、建設中の五反田のボーリング場(毎月約四、五千万円宛)及び釧路の吹原団地関係の費用等の支払で、その支出は巨額に昇っていたこと、他方、当時吹原産業の収入としては、五反田のボーリング場、釧路の団地も造成中であって、それらからの収入はなく、吹原ビルの家賃収入等の月収約金一千七、八百万円程度で、その他に格別の収入がなかったこと、そのため、吹原産業は資金難に陥っており、吹原は資金獲得に狂奔していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(5) 原告の吹原の資金状態に対する認識

森脇が、吹原に対し、昭和三九年当時多額の貸付をしていたことは、前項に認定のとおりであるから、金融業者としての長い経験を有する森脇としては、吹原の資力状態に重大な関心を持ち、常にこれを調査するのは当然であるところ、既に認定のとおり、昭和三八年秋ころから吹原は利息の支払を渋滞するようになり、他方で盛んに他人振出の手形を森脇方に持ち込むようになったというのである。しかも、《証拠省略》によれば、本件手形の振出当時には、それ以前に吹原から交付を受けていた三菱銀行長原支店の金三〇億円に昇る通知預金証書について、その預金の存在を疑わしめるような状況が出てきており、実際本件手形の内金七億五〇〇〇万円分は、直ちに吹原産業振出の金二億五〇〇〇万円の手形とともに右通知預金の内の金一〇億円の通知預金と引き替えられていることが認められるのであるから、右のような立場にあった森脇が、吹原の資力に不安を感じなかったとは考えられない。他方で、《証拠省略》によれば、森脇自身あるいは輩下の平本一方と吹原とは、前記多数回にわたる貸借の関係で、相互に絶えず連絡を取り合い、行き来をしていたことが認められるから、たとえ吹原が、自己の資産状態について誇大なことを述べていたとしても、経験の深い森脇は、吹原の前記逼迫した資金状態について当然認識していたと推認するのが合理的である。

《証拠省略》中には、旧手形取得当時においても森脇が、吹原の三菱銀行から釧路の吹原団地に関して金六〇億円の融資が出る旨の言や同趣旨の黒金名義の文書を信じていたとの記載があるが、森脇が右多額の融資の実現性の有無について独自の調査をしていなかったことは明かであるうえ、前記の如く同銀行の通知預金について疑いを抱かせるような状況が出ていたというのであるから、到底右の供述部分は措信できない。

(6) 指図禁止の記載の削除について

被告が、昭和三九年一二月九日頃、本件手形上の指図禁止の記載を削除するに至った経過は、前記二1(一)(1)で認定したところであるが、《証拠省略》によれば、森脇が、右指図禁止の記載があることを指摘して、その様な記載がなされた理由を吹原に尋ねたところ、吹原は「(被告が)間違えた。」との回答以上の詳しい説明をしていないこと、これに対し、森脇もそれ以上吹原に対して深く追求することなく、また、独自に調査もしていないことが(右事実は原告被告間に争いがない。)認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、一般にいわゆる一流企業や有名人にとっては、いわゆる街金融業者から金融を受けること、その振出手形が街金融業者を転々流通することは、これら振出人の信用を失墜させるものとして嫌われること、通常の手形取引において、指図禁止の記載のなされることは稀であることは公知の事実であり、このことは、手形取引に習熟している森脇においても当然認識していたはずであるところ、本件手形の振出人は東証第一部上場会社である(右は公知の事実である。)被告たる間組で、金額も極めて多額のものであるから、およそ間違って記載したなどということは考え難く、何か特殊な事情が存在することを推測して然るべきである。にも拘らず、吹原の前記のような回答のみで満足して、それ以上の追求や調査を行わなかった森脇の態度には、不審の念を抱かざるを得ない。

(7) 本件手形の対価の支払について

《証拠省略》によれば、吹原は、額面金額合計金一〇億円の被告振出の手形を原告に割引依頼して交付したが、森脇から受領した現金は金一億円に過ぎず、右手形の内金七億五〇〇〇万円分については、吹原産業振出の合計金二億五〇〇〇万円の手形とともに、従前吹原が預金の裏付けなしに三菱銀行長原支店から騙取して森脇に交付していた同銀行名義の通知預金証書との差替えに供せられたこと、その余の手形の割引金は、高額な割引利息、借受金の名目で、森脇の手元に残され、吹原に対しては交付されなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

また、右三菱銀行の通知預金については、右手形との差替え当時、既に森脇においてその預金の裏付けに疑問を抱かせるような状況があったことは既に認定したところであり、さらに、《証拠省略》によれば、森脇は、右被告振出の手形の外にも訴外朝日土地興業株式会社(以下「朝日土地」という。)、東洋精糖株式会社、藤山愛一郎等のいわゆる一流企業や著名人ら振出の手形を吹原から割引依頼等を受けて受領しながら、前記と同様な方法で、割引利息、吹原に対する資金の返済への充当、借受金等の名下に差し引き、吹原に対しては一部の現金しか交付していないことが認められる。

以上の事実及び既述の原告の吹原の資力に対する認識に関する事実を総合すると、原告は、吹原が到底本件手形を含む多数の巨額にわたる手形を決済する能力がないことを知りながら、敢えて本件旧手形を取得したものと推認する外はなく、右手形取引を含む原告と吹原との手形取引は、金融業者としては極めて奇異な取引と言わざるを得ない。

(8) 押一一〇号について

イ 《証拠省略》によれば、押第一一〇号証という原告の主張するとおりの内容を記載した書面が存在することが認められ、《証拠省略》によれば、右書面は、原告が、昭和三九年一一月一一日作成し、使いの者に託して吹原方に届けさせたものであること、吹原は、右以前の同年九月いわゆる一流企業に属する朝日土地の約束手形及び株券を本件手形と同様な方法で同社から詐取していたが、その後手形の行方に疑問をもった同社から強く追求を受けた結果、同社の手形が銀行ではなく森脇のところにいっていることを告白し、手形と株券の返還を要求されてこれを承諾し、前記一一月一一日、森脇に金一億六〇〇〇万円の日銀小切手を交付するのと引換えに、森脇から同額の朝日土地の手形と一五〇万株の株券の返還を受けたこと、前記文書は、右手形などと一緒に吹原方に届けられたものであることが認められ、以上の認定に反する証拠はない。

ロ そして、右書面の内容、体裁等について検討すると、右書面は右手形が一旦銀行で割り引かれたように仮装することの指示をその内容の一とするものであること並びに右書面は「注意」の二文字が大きく目立ちその横に二重丸がしてあることが指摘でき、しかも森脇がわざわざ右書面を書いて吹原に届けたことなどを右書面の作成された前後の状況、既に認定した原告と吹原との間の不自然な取引の経緯と併せ考えると、この書面は、森脇において吹原が朝日土地に対して手形は銀行で割り引くと虚言を弄していることを認識し、手形面に工作をして返すよう注意したものであると認めるのが相当である。

ハ 原告は、吹原が右手形を返還する際、森脇に「あの手形は社長の方で銀行から再担保として割り引かれませんでしたか。朝日土地の言うには初めからあの株式は自社株になっているから私の資金先であちこち回されると困るからといっていたので、私は自分の資金バックではあちこち回すことなく銀行で割り引くのだから心配するなといっておきましたから社長が割り引かずにいたなら誤解を受けるかも知れませんね。どういうふうにして返したらいいでしょうか」といったことを契機として右書面が作成された旨主張し、《証拠省略》中には右主張に沿う森脇の供述部分も認められる。

しかし、右森脇の供述は、以下の理由で信用することができない。

a 《証拠省略》によれば、吹原は、森脇の右供述に述べられているようなことを森脇に対して言ったことがないと供述しており、その他の部分はともかく、右供述部分については、特にその信用性を疑わせるような点は存しない。

b 前記認定のとおり、右文書作成の当時、吹原は朝日土地に対して同社の手形は森脇のところにいっていると既に告白していたから、森脇の供述するような内容のことを吹原が森脇に対し述べるというのは、仮に吹原が朝日土地に対して自己の詐欺行為の全容までを話していないとしても、不自然である。

c 吹原が右手形に裏書をしなければ損害を受ける危険性は通常考えられず、原告の主張するような稀有の場合を予想して原告が右のような忠告をしたとは到底認められない。

よって、原告の右に関する主張も採用できない。

(9) 結論

以上の(1)ないし(8)の事情を総合すると、原告は、本件各手形を吹原から取得するときに、既に吹原が右各手形を詐取してきたのではないかと疑うに足る十分な知識と情報を得ていたにも拘らず、常識では理解しがたいほどに敢えて確認調査行為を怠っており、しかもそれを合理的に説明し得るような事情は存しないのであるから、原告は、本件各手形取得当時、右各手形が吹原によって詐取されたものであること及び右行為が将来被告の利益を害することを認識していたものと判断するのが相当である。

2  融通契約違反に基づく害意の抗弁

(一) 被告は、吹原との間に、吹原が本件各手形を関西大手銀行に有している借入れ枠を利用して金一〇億円を借り受け、被告に融資し、その担保として本件各手形を吹原に振出交付するという融資契約が成立していたこと、吹原が右融資契約に違反して本件手形を森脇に割引に出したことは、前記1(一)に認定したところからも明かである。

(二) しかし、右融通契約の内容として、吹原産業が自己の資金をもって銀行への返済を余儀なくされた場合に限り本件手形上の権利を行使し得るという制限があったと認めるに足る証拠はない。

そして、右事実が認定できない限り、前記(一)の事実のみをもっては、仮に、森脇が同事実について認識を有していたとしても、手形法一七条にいう害意の抗弁たり得ない。

(三) よって、被告の右抗弁は理由がない。

第二参加人の原告に対する請求について

一  請求原因について

請求原因事実については、全部参加人及び原告との間に争いがない。

右請求原因事実によれば、参加人の原告に対する本件(3)ないし(6)の手形の引渡し請求は理由がある。

なお、参加人の原告に対する、参加人が本件手形上の権利者であることの確認を求める訴は、参加人の主張及び弁論の全趣旨に照らすと、結局は、被告に対する手形金請求の前提としてなされているものと考えられ、そうだとすれば、原告に対する関係では、手形の引渡し請求の訴のみをもって、その目的を達することができるから、右確認の訴は、その訴の利益を欠き、不適法というべきである。

第三参加人の被告に対する請求について

一  請求原因について

1  被告が本件(3)ないし(6)記載の手形を振り出したこと、原告が原告まで裏書の連続のある右各手形を所持していること、右(3)の手形は支払期間内に支払のため支払場所において呈示されたが、その支払を拒絶されたこと、原告は昭和四三年一二月二日参加人に対し、右各手形をその謄本に裏書して譲渡し、参加人は現にこれを所持していること、右譲渡当時、右各手形の原本は訴外森脇に対する詐欺被告事件のため東京地方裁判所に押収されていたことについては参加人と被告との間に争いがない。

また、参加人が原告に対して本訴において右手形原本の引渡しを求め、右請求は理由があると認められることは前記第二記載のとおりである。

2  以上の事実は、参加人の被告に対する請求の趣旨記載の手形金請求権を基礎づけるに足るものであるから、次に被告の抗弁について検討する。

なお、参加人の被告に対する参加人が手形上の権利者であることを確認することを求める訴は、参加人の主張に照らし、本件手形による手形金の支払を求める前提としてなされたもので、それ以外の目的によるものでないと判断でき、そうだとすれば、右は本件手形金請求という給付請求のみによって、十分その目的を達することができるから、その訴の利益を欠き、不適法というべきである。

二  抗弁1(害意の抗弁)について

1  手形法七七条一項、二〇条によれば、支払拒絶証書作成後または同証書作成期間経過後の裏書すなわちいわゆる期限後裏書は、指名債権譲渡と同一の効力のみを有するのであるから、この方法により裏書を受けた者は、同法一七条本文に規定されている裏書によるいわゆる抗弁の切断の効果を受けることができないというべきである。

2  ところで、原告が、被告に対する吹原の本件手形の詐取の事実を知り、かつ被告を害することを知りつつ本件手形を取得したこと及び、被告が吹原に対して詐欺による取消の意思表示をなし右が吹原に到達したことは前記第一の二において認定したところである。

3  また、参加人が、支払拒絶証書作成義務の免除されている本件(3)ないし(6)の手形を、各満期から三年以上経過後に裏書を受けたこと、すなわちいずれもいわゆる期限後裏書により譲り受けたものであることは参加人と被告間に争いがない。

4  よって、被告は、原告に対する前記害意の抗弁をもって、参加人に対しても対抗しうるというべく、被告の抗弁は理由がある。

三  手形書換による抗弁権の消滅について

1  参加人は、本件手形書換は、被告において書換当時抗弁事由が存在することを知り、そのための積極的な解決について、内部のみならず受取人たる吹原とも種々協議を重ねた結果、何等の留保もなしに、また手形所持人からの請求を拒むための措置も講じないままなされたものであって、実質的に債務の承認をなしたものであり、本件(3)ないし(6)の各手形は旧債務とは別個の原因に基づいて振り出されたのであるから、人的抗弁は切断されたと主張するので、右主張について判断する。

2  本件手形書換時の状況は前記第一の二の1(二)に認定したとおりであるが、《証拠省略》によれば、右書換の交渉は、右書き換えられた計金五億円の手形の各満期日である昭和四〇年四月六日の直前になされたものであること、被告は、右書換の直後から吹原に対する告訴を検討し、間もなく告訴に踏み切っていることが認められる。右事実及び前記書換時の状況によれば、被告は、右書換当日の状況によって、吹原による本件各手形の詐取を明確に認識したものの、既に満期日に至って予想外にも高利金融業者である森脇の手に手形が所持されていることを知って驚顎し、これに対する本格的な対応策を講ずる間もなく、とりあえず支払期日の延期を目的として右書換に応じたものと推認できる。

また、右書換に関する村山輝雄名義の念書は、右に認定したような切迫した状況に照らせば、旧手形振出の原因関係とは無関係に新たに債務を承認したものとは認められない。

3  従って、被告としては参加人に対し、右書換前の手形について主張し得た人的抗弁を、書換後の手形についても主張し得ると解するのが相当であり、参加人の右に関する主張は採用できない。

四  公序良俗違反の抗弁について

参加人が昭和四三年一二月二日原告から、森脇あるいは原告に関する民事上、刑事上の争いがあることを知りながら、押収中の手形の謄本による裏書という方法で、手形金額の一割にも満たない金額で買い受けたことは、参加人及び被告間に争いがない。

また、《証拠省略》によれば、森脇が右手形謄本の譲渡当時、刑事事件とそれに伴う国税局の差押などにより金銭的に急迫していたこと、多額の約束手形金について訴訟を提起しなければ時効によってその権利を失う時期であったこと、森脇の刑事弁護人であった朴宗根弁護士が、右譲渡の仲介をし、譲渡契約書を作成したこと、当時被告と参加人との間には被告を原告とし、参加人を被告とする民事訴訟があったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし、右譲渡の仲介を成した朴宗根弁護士が、参加人の民事訴訟を有利に運ぶために、森脇の刑事弁護人たる地位を利用して、同人を恫喝して譲渡を承諾させたとの被告主張にかかる事実は、《証拠省略》中には右主張に副うような森脇の供述部分があるものの、右のような状況下で本件各手形を譲り受ける者を捜すのは困難であり、しかも前記認定の当時の森脇の置かれていた状況からすれば、森脇自身に本件手形の一部をその額面に対して極めて低額であっても外に譲渡して現金を得る必要性と利益があったものと考えられることに照らせば、これをにわかに信用することはできず、外に被告の右主張事実を認定するに足る証拠はない。

そして、右争いのない事実及び認定事実のみをもってしては、右手形の譲渡が公序良俗に反するものとは、到底いうことができない。

五  時効の再抗弁について

民法九六条一項に規定されている詐欺による意思表示についての取消権は、同法一二六条前段の規定により、追認をすることができるときから五年間の経過により時効消滅すると解すべきであり、右解釈は、詐欺による意思表示の取消が訴訟上被告の抗弁として主張される場合にも変わらないというべきであって、右取消権については消滅時効の適用がないとする被告の所論は、採用できない。

ところで、《証拠省略》によれば、被告は、昭和四〇年五月二六日に吹原を詐欺罪で告訴していることが認められ、右事実によれば、被告は、遅くとも右当時には、本件手形振出の原因関係たる融通契約が詐欺によりなされたものであること、すなわち取消事由が存することを知っていたと推認すべきであるから、右の時期から五年間の経過によって、被告の詐欺に基づく右取消権は時効消滅したと解すべきである。

よって、参加人の再抗弁は、その限りで理由がある。

六  被告の権利濫用の主張について

1  前記第三の四記載の争いのない事実及び同項で認定した事実、《証拠省略》によれば、本件(3)ないし(6)の各手形が原告から参加人に譲渡されるまでに以下のような経緯があったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 原告代表者である森脇は、昭和四〇年に本件各手形等を吹原らと共謀の上詐取したなどの公訴事実により東京地方裁判所に起訴され、前記訴外朴弁護士を弁護人として同公判において右事実を争っていた。

他方、右当時参加人は、被告との間で、請負代金の支払等について紛争を生じ、別訴において参加人代表者の父親の知人である同弁護士を代理人として被告と争っていた。

(二) ところが昭和四三年にいたり、森脇は、右刑事裁判において問題となっていた本件各手形を含む多数の手形の消滅時効の完成時期が迫ってきたため、それらの手形について手形訴訟を提起する必要に迫られたが、当時森脇としては国税局の差押等にあって右手形訴訟に必要な印紙代に事欠くような経済状態にあった。

そこで、森脇の弁護人であった朴弁護士は、本件(3)ないし(6)の手形を参加人に低価で譲り渡すことを思い付き、当時東京地方裁判所に押収されていた右各手形の謄本を作成してこれに裏書をして参加人に譲渡するよう仲介した。

(三) これに対して、参加人は、右森脇に対する刑事裁判が係属していること、被告が右各手形債務について争っていること(原告が本件手形訴訟を提起したのが昭和四三年一一月一八日、同第一回口頭弁論期日が開かれたのが同年一二月三日であったことは、当裁判所に顕著な事実である。)を知っていたため、権利実現上の危険を感じ、必ずしも右提案に積極的ではなかったが、本訴の第一回口頭弁論期日の前日である同年一二月二日、右合計金六億円の手形を金五〇〇〇万円で譲り受けることに合意した。

その際、吹原が詐取したことを知りながら森脇が右各手形を取得したか否かが刑事、民事の訴訟で争いになっていることを前提として譲渡金額を低額に定めていること及び従って仮に右各手形について敗訴その他の原因によりその手形上の権利を実現できなくなった場合においても原告が手形の売り主としての担保責任並びに裏書人としての遡求義務を負わないことを譲渡契約書に明記したうえ、右各手形を譲り受けた。

2  右に認定した手形の譲渡経過について検討すると、参加人としては、本件(3)ないし(6)記載の各手形取得当時、右各手形が吹原の詐欺により振り出されたものであること及び森脇が右吹原の詐取の事実を知りながら本件各手形を取得したことを認識ないし推測しており、右各手形上の権利の実現には殆ど期待を抱いていなかったと推認すべきである。

それにも拘らず、いかに額面金額に比して相対的に低額とはいえ、金五〇〇〇万円という多額な代金を払って手形を譲り受けたというのは、通常の手形取引では考えられないことであって、右手形譲受の主たる目的が、被告との間の別訴を有利に運ぶためか否かは定かでないにしても、少なくとも本来の手形上の権利の実現とは別のところにあったものと判断せざるを得ない。

3  そうであるとすれば、右のような特段の事情の存する参加人の本訴手形金請求は、少なくとも参加人の出損した金五〇〇〇万円及びこれに対する手形利息を超える部分については、被告の損害において正常な取引では有り得ないような法外な利益を得ようとするものであって、本来法的な保護を受けるに値せず、権利の濫用に該当すると言うべきである。

なお、手形利息については、(3)の手形についてその満期から完済までの利息金の支払を認めるのが相当である。

4  よって、被告の本抗弁は右の限度で理由がある。

第四結論

以上によれば、原告の被告に対する請求は、理由がないからこれを棄却し、参加人の原告及び被告に対する参加人が本件手形の権利者であることを確認する旨の請求を求める訴は、不適法であるからいずれもこれを却下し、参加人の原告に対する本件(3)ないし(6)の手形の引渡しを求める請求は理由があるからこれを認容し、参加人の被告に対する手形金請求は将来手形の引渡しを受けることを条件に金五〇〇〇万円及びこれに対する(3)の手形の満期から完済まで手形法所定の年六分の割合による利息金を求める限度において理由があるから同部分に限りこれを認容し、その余の手形金請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢部紀子 裁判官 富岡英次 裁判官片野悟好は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 矢部紀子)

〈以下省略〉

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